卯月事変

ポワソン・ダブリルに間に合わなかったけど！
ここはひとつ嘘みたいな馬鹿みたいな話。裏の裏は果たして表になりうるだろうか？
リハビリリハビリ。

 

 

「なんですか、あるじ。気持ち悪い」

 

「いや、別に」

 

明らかにニヤケてるだろ、その締まりの無い口許。ばっかじゃないの、とあたしはこの小面憎いクソ餓鬼に思う。

 

「別に、ってカオじゃないでしょう、ソレ。良かったですねーぇ。愛しの亘様にひっさしぶり！にお会いできて、って言っても十日と少しぐらい会えなくても、大したことないじゃないですかァ？」

 

「別に、」

 

「はいはーい。別に別に別に別にィ？あるじ、先程からソレしか言ってませんからね！いい加減にして下さいよ、この嘘つきうすら馬鹿」

 

馬鹿を馬鹿と言わずナンと言うのか。

反論は認めない。

 

「いいですか？あれ程、今日、宮に参内する際には、せーめーてぇぇ、袷で来て下さいって言いましたよね！もうね、束帯着ろとか贅沢は言いませんよ？なのにアンタ、よりによって『更衣』の日に何時もの振袖でのこのこ来やがるたぁ、一体どういう了見だァッ？」

 

「別に、そんなの、」

 

かちん。

 

「あーあーあーあー！！さんざん言っといた時間になっても、亘様とのんびりほけほけ昼寝してやがればね！！まんまの格好で来るしかないですよ！お陰でわたっ、あたしだって！あたしだって、春の袷用意してましたァ！！！！」

 

「お前さ、自分でナニ言いたいか分かってるのか？色々中途半端だぞ」

 

「五月蝿い、五月蝿い！」

 

ぎりり、と奥歯を噛み締める。

確かに邪魔しちゃ悪いかなぁ、とか仏心出して、ギリギリまで呼びに行かなかったのはあたしだけど！

 

だけど、遅れるなと散々念押ししたし！

わかった、って言ってたし！

 

じゃぁ袷は春の色味にして、あたしもそれに合わせよう、って。

 

折角、折角あたしが選んで用意したのに！全然分かってない。分かって、くれない。

 

「そんなだから！末成りのブッサイクな青瓢箪どもに笑われんの！！ううん、瓢箪ならまだ可愛げあるけど！腹立つ！腐った茄子もしくは潰れた南瓜もどきのクセに！」

 

あいつらの不細工なツラを思い出すと余計に腹が立ってきた。

 

「お前が笑われたのか？」

 

「えぇ、えぇ、えぇ、！『眷族がアレじゃぁな』とかですね！！あるじはその場にいないから、分んないですよ！わたくしが笑われても痛くも痒くもないでしょうけど！」

 

ふぅん、と眼を眇めながらうっすら笑うあるじにも腹が立つ。

 

「そうでもない」

 

「はぃィ？」

 

寝転びながら組んだ脚をぶらぶらと遊ばせていたあるじは、よっと身体を起こすと、徐にこきこきと頸を鳴らす。

 

「躾がなってないボンクラどもだ。で、狸か。竹伐りの」

 

ソレをアンタが言うのか。

 

「若君、って仰って下さいよ。言葉は、って言うか言葉も気を付けて下さいね。間違ってませんけど」

 

お前だって言うじゃないか、と言わんばかりのじと眼は、さらりと無視してやる。

 

「ふん。繕ってある綴じ蓋でも、それが愛しいと言う奴もいるからなァ」

 

「はぁ」

 

綴じ蓋？これまた、唐突に。

このクソ餓鬼の云わんとするところはイマイチ難解で、何時も面倒なのだ。

 

「あの、綴じ蓋ってわたくしですか」

でも、その面倒さが多分、とても、

 

「あぁ」

 

「へーぇ。で、あたしが愛しい、と？」

 

声が微妙に裏返ったのは別に意味は無い。はずだ。

 

「あぁ」

 

「はっ、」

 

「嘘。なぁ胡蝶知ってるか？人の世では嘘を吐いてもいい日があるんだと。嘘ってのはバレるのがマズいから吐くもんだろう？つくづくニンゲンが考えることってのは理解に苦しむね」

 

あぁそうだ馬鹿って言った奴のが方が馬鹿らしいぞ、なんてついでに返されても。

 

もう一度言う。でも口に出すと面倒なのでオトナなあたしは口に出さないけど。
馬鹿を馬鹿と言わずナンと言うか。

 

「はいはい、ソーデスネー。じゃぁわたくしにも嘘付く必要ないじゃないですか。あるじだって、じゅーぶんデタラメですよ」

 

そうだな、と笑う気配だけ残して消える外ツ国の笑い猫、もとい笑い狐。

 

「ってか！何処行ったッ！！お礼参りとか冗談じゃないんだからね！」

 

そう思えるぐらいにはもしかしたら、自惚れていいんだろうか？

嘘の嘘は本当だったりするんだろうか？

そんなことを考えたけど、このまま深く考え過ぎると不覚にも悪い気分じゃなくなるのが少し。今は気に喰わないので、不貞腐れることであたしは自分を誤魔化すことにした。