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最初はどうしてこの子だったんだろう、と思った。
「胡蝶さん、はい」
差し出されるのは一挿しの椿。
「僕は男の子だからね。花より団子だもん」
いいねぇ、バレンタインかぁ、と朗らかに笑う。
「あ、りがとう、ございます」
言われた単語の意味は分からないけど、凄くこっ恥ずかしい、と思った。
「それに海外だとね、男の人が女の人に花をあげるんだって」
こういう風にバレンタイン参加するのは、初めてだと呑気に言うけど、それってどう返せばいいんだ。
無自覚。別に何も考えてないんだろうけど。
「椿、ってあたしのガラじゃぁないですよ」
反射的にぱたぱたと手を振ってしまってから、しまったと後悔した。
もうちょっと、オトナな言い方とかあったろうに。小娘じゃあるまいし、恥ずかしい。
「でも美鶴には勿体無いねぇ。って、野暮かァ。ごめんね胡蝶さん。帰ろう?」
自分よりも小さなその手をそっと、取ってみる。
自分とは違うカタチ、大きさ。他人の柔らかな体温。
嫌じゃない。温かくて心地が良くて、嬉しい。
そう、嬉しいと思う。この手を取る事が出来て。
だから、なのかな、と思う。
*
「胡蝶はん、堪忍ぇ。今ウチは繁盛期さかい。碌な御もてなしも出来んと」
佐保姫が恥ずかしげに視線を落とす。
姫様にそんな顔をさせるつもりはまったくなかったのだけど。
「佐保姫様ともあろう方が、そんなお顔なさらないで下さい。此方こそ先達もやらず、勝手に訪ってしまって、無礼を御赦し下さいませ」
慇懃に腰を折って一礼。姫様は砕けた方だけど、それでもやはり礼節は重んじなければ。
あたしではなく、あるじに非が行く。それは避けたい、と思う。
「太郎冠者が、もうじきこちらへ着く頃合なんじゃけども」
「今年は縁がなかったのでしょう。諦めます」
「白椿もいいもんさかい、自由に持って行きんさい」
「ありがとうございます。佐保姫様の椿は特別ですもの。白椿も素敵ですけど、紅の色が乗った椿も素敵なんでしょう」
仰々しい寝殿造りを好まないこの質素な姫の屋敷の後方に広がる白い椿の群生。枝の椿は未だ開かず。
それだけでも圧巻ではあるのだけど、紅花に染まった赤い椿がやっぱり欲しかった。
なんとなく赤い椿はあの餓鬼に似合う気がする。
「もちろん。春を告げる色さかい」
「佐保姫様。すっかり竜田姫様のお国のお言葉が板についてますね?」
おっとりとした都言葉を使う姫様だったハズなんだけど。さては竜田姫の影響か。
大和の国の言葉は強烈だ。その気はなくとも移ってしまうと聞く。
「竜田はんとしばらく居てみぃ、もうこれはしょうないな」
ふふっと微笑む姫様が、可愛らしくて自然笑ってしまう。
そうして、同様に竜田姫が都言葉を使われてもそれはそれでおも・・・・いやいや。
竜田姫も佐保姫も我が国の四季を司る女神なのだから、あたし個人が今思ったことも無礼になるのか。と、脱線した。
「そうですか。でもウチは、小舅に直されそうですけどね」
小舅、の顔を思い出すと不穏だからその小舅の唯一の御友人の顔を思い出す、と言うか。
おかしい。想像ではなく直接見えるのは、なぜ故。疑問符があたしの脳裏から消えない。
ちらちらと、椿の群生からどっかでみた姿格好がこっちにやって来る、気がする。気のせいだと思いたい。
「そうそう、三橋殿!息災やろか」
「え?は?あぁ、えぇ、それはもう。憎まれっ子ですからね、充分過ぎるぐらいです」
多少、呆けてしまった。姫様の前でなんたる不覚。
だけど、今はそれよりもって、これは確実に、確実に!
「おや?あれに見えるはヒトじゃろか。珍しい」
・・・・・・、デスヨネー。しかもそれって、そう、あの方デスヨネー、お決まりの。
「胡蝶さん?」
「亘さま、奇遇ですね」
じゃ、ないんですよ。なんなんですか、あなた。なんで此処に来れちゃうんですか、非常識じゃないですか。
本当にヒトの仔ですか。色々問い質したい気もするけど、アノあるじの御友人だから仕方ない、なんて考える自分もいるので結局飲み込む。
「良かったぁ、話が通じる人がいて。この鳥、買ったいちごにダイブしてきたんだけど、誰?ナニどこ、此処?」
「あぁ、」
「太郎冠者?その客人はどうしはった」
あたしの溜め息と、佐保姫の呆れ声が重なる。
「姫、様ぁぁぁぁ!!!」
なんだその声。いくら声が自慢の鳥の化生だって言われてもそれがどうした。
きぃんきいぃんと、五月蝿い。自分の蟀谷が引き攣るのが分かる。
苛々してきた自覚はある。でもまぁ、直前までその気はあったようななかったような。
佐保姫にメジロの姿のまま飛び込もうとした不埒な輩を八つ当たり気味に叩き落とした。ちぇすとぉ!
*
はぁ、と佐保姫の控え目な溜め息が零れる。
もっと盛大に吐いてもおつりが来るんじゃなかろうかと、太郎冠者の話を聞き終えた今、思う。
「末摘花の嫗から託された紅餅をどこぞで落とした、と」
「はいぃぃぃ」
はいぃぃぃ、じゃねーよこの鳥頭。鳥のクセして春ボケたぁ良い身分だな、と。失礼。
変化をといたメジロの化生の後姿にそっと、でも悪意を込めてガンつけた。
「嫗にしても迷惑な話やなぁ。あの嫗の納得いく紅餅はそう出来るもんじゃなかろう」
「はい。今年一番の物を頂いて来ました故に」
落としたクセにナニ得意げなツラして宣ってンだ、あの若僧。
眉間の皺が更に縦に刻まれそうになった矢先、亘さまがこそっと、耳打ちする。
「紅餅って食べ物じゃないよね?」
「はい。紅花を固めたもので、椿を紅く染める際に用います。此処の椿が色づけば、ヒトの世の椿も紅くなるんです」
「おぉ!『不思議の国のアリス』だね」
「はィ?」
うんうん、と頷きながら納得してる。
不可解なヒトの仔。あたし達の世界の決まりごとはヒトには受け入れ難い、って聞いたのだけど。
「今から使いを出したとしても、紅餅が整うに三日以上は掛かかるじゃろう。今年は立春に間に合わんのやなぁ」
苛々する。
太郎冠者は項垂れたまま、面を上げられずにくるるるる、と唸りっぱなしだ。
煩い。その唸り声も癪に障る。
「うーん、と。聞いていい?胡蝶さんはなんでそんなに不機嫌なの?」
「は?」
「そやな。胡蝶はん、さっきから顔が強張りっぱなしや。な、太郎冠者」
こくこくと、首を縦に振り続ける太郎冠者を見て、そういえばあぁいう玩具があったな、とぼんやり思う。ハァ。
あーもー、これだから昔からあたしは顔に出やすいって言われてて、あーあーあーあー!!!
「竜田はんが誂えた召し物に吾の椿を、とは面白い趣向だものなぁ。そやけど少ぉし、遅ぅなると吾から、」
「いえ!あるじの遣いで来たんじゃないので!姫様はお気になさらず!!」
しまった、自分からばらしてしまった。
嫌だ。いま自分の顔は見たくない。赤いのが分かる、凄く嫌だ!
「姫様ならびに太郎冠者殿には度重なる非礼、申し訳ありませんでした!!わたくし、用事を思い出しました故に罷らせて頂きたく。さささ、亘さまも一緒に、」
くい、と手を引かれる。
「落ち着いて、胡蝶さん。うんうん、なるほどねぇ。あと、そこの太郎冠者さんがなんで僕のいちごにダイブしたのかも、なんとなく分かった、うん」
かさかさっと、いちごの入ったビニール袋を揺らしながら、ね、落ち着いてと尚強く手を引かれる。
「あの、ここの椿って一度に全部染めるんですか?」
「いいや。蕾がやらこぉなってる、ほれ、向って左の椿達じゃな。順番に染めていくが」
へぇ、と頷きながらにかぁと笑う。含みのない、明るい、朗らかな顔。
「あとの椿達に関しては、三日経てば都合がつくんですよね?」
「それは、」
「はいぃぃぃ!!それは、わたくしめが何としてでも!!!」
鳥頭、ウルサイ。
「じゃ、当面はこれで我慢して下さい」
「いちご?まさか!」
思わず、分を弁えず口を挟んでしまった。
「取りあえず赤く塗れればいいんだよね?いちごの果汁って結構、付くとしつこいよ?1パック330円(税抜)の特価で2パックあるんだから大丈夫!!」
いや、違うだろ。しつこいって、なんだそれ。2パックあったからって何。特価って言う必要あったのか。
「それに、太郎冠者さんも連れたし。紅花よりいいかもよ。椿の受粉って鳥がするんでしょう?」
「そうなんですよ!亘殿、分かってらっしゃる!!」
このヤロウ、なに言うことに事欠いてわかってらっしゃる、だ!そんなんでいいのか!!
「だだだ、駄目ですよ、亘さま。こちらにはこちらの、約束ごととか決まりごととかってあってですね、いちごは駄目ですって」
ふわりと、空気が変わる、この場の。
ちりり、とした冬の空気は居座ったままなのに、ほのかに混じる匂い。
佐保姫が、笑う。
「竜田はんの方が染色の腕はいいんやけども。ひとつ、やってみましょか」
寒い寒いと閉じこもっていては、分からないことはたぶん、ある。
下ばかり向いてたら、気付けないことも、たくさん。
でも、だって、仕方ないじゃない。冬なんだもの、寒いのは決まりきったことなんだもの。
それでも。
冷たく滞った風に混じって、確かに此処に在るのは春の気配。
そうだ、こちらが気が付かぬ間に何時だって、軽やかにこの季節はやって来る。
なだめすかして、固く結ばれた冬の気配をといてしまう。
残されるのは冬のかたみ。それだってすぐに名残りだけ残して消えてしまうけど。
春は、すぐ其処に。花開く時は、もうすぐ。
*
「胡蝶さん?おーーーい、大丈夫??聞いてる?」
そうして、冒頭に戻る。
思いがけず上手く染まった椿の礼にと、いち早く花開いた早咲きの椿を佐保姫から頂くことが出来た。
あたしの手には二挿しの紅椿(いちご風味)
欲しかった椿とは趣が違うけど、こちらの色味の方が好ましいとさえ思ってしまった。
「亘さま。その、『ばれんたいん』って何でしょう?」
「え、そこ?」
そこからなの、と笑いながらもう一度言われる。
「女の人が男の人にチョコあげて、自分の想いを伝える日だよ。主に、好き、」
「あーあーあーあー!わーわーわーわーわーわぁ!違いますから、違いますよ!竜田姫様から頂いた召し物が白緑の色無地で、地紋が立涌ってぇ、ちょっと、なんか、」
くくくっ、と亘さまの肩が揺れる。
「はいはい。その模様が何かは分かんないけど、椿があった方が美鶴に似合うんだろうなってのは、分かるよ」
こちらの言い分を聞いてくれてはいる、がしかし。
実にいい笑顔を向けられると、だよね、そうだよねと圧力を掛けられている気になる。
「たぶん。わたくしが、そう思うだけですが」
「大丈夫。好きだよ、美鶴は」
きっぱり言い切った後、ゆっくりと笑む。
そうかな、うん、そうかも。
繋いだ手の温かさが胸の奥にまで届くことは、どうしてこう、幸せなんだろう。
どうして、この子だったのか。
「亘さまが仰るなら確実ですね」
「でしょでしょ!」
似たような年頃の子供ならたくさん居る。
亘さまは何処にでも居るヒトの仔のうちの一人で。
でも。
「わたくしは、亘さまが大好きですよ」
「ありがとう」
亘さまが笑うと、あたしも嬉しい。
「亘さまに『ばれんたいん』を、今考えました。いちご、駄目にしてしまったので」
温かい、嬉しい、楽しい。
「今度、いちご大福、作ってみます。それでいいでしょうか?」
亘さまと居ると、人生が愉しい。
「もちろん!!あのね、言われたからって訳じゃないけど、言いたくなったから!僕も胡蝶さんが大好きだよ」
言葉に、文字で、表すと笑っちゃうぐらい、何でもないことだけど、そう思える相手に出会うのは難しい。
あ、そっか。これは、いちごいちえ。
@待て次回。突撃となりのいちご大福漫遊記(嘘です。すみません)
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