アリスに捧ぐレチタティーヴォ

以前パソコンのハードのデータが消えた時、漫画喫茶で自分のサイトを覗いてみて。
不思議な感じがしました。確かに、サイトは残っていて。
残されていたサイトは、なんだか不思議だなぁ、と。

例えば私が書き込まなくても、サイトとしては残っていくのにね。（退会しないかぎり、でしたっけ？）
想いは残されているのに。
なにやら抜け殻のような気がして。
そのとき、そのときに強く感じたナニカ、を残したくて吐き出して。
でも、いつかその想いも消えていくんだろうなぁと。
そういった想い、はどこへ消えていくのかな、それは、ナニカを残せているんだろうか、とぼんやりと思っていました。創ったお話はやはり、現実には敵いっこありません。夢ものがたり、なんですよね。
やっぱり。でも、そこには「嘘」なんかじゃなくて、自分にとっての「現実」だったりして。

だからなのかなぁ。書いても、書いても少し、むなしくて。けど少し自分が、救われている気がします。
吐き出すナニカ、が無駄であったとしても。そっと憶いだすように、ほんの少しのカケラでも読んで頂いてる方様に残ればいいなぁ、と思います。

アリスに捧ぐレチタティーヴォ


さぁ、追いかけっこをしよう
なぁに、簡単だよ

オレを追いかければいいんだから
そう

オレを追いかけてお前が行き着く先は

　　　　夢か現か幻か

それはお前次第
不愉快で美しい夜明け前の夢に

―――――――――――――――――――ようこそ

ちりりん、ちりん。

澄んだガラスの擦れる音がする。

近づいては遠のいて
遠のいては近づいて

ちりりん、ちりん。

りぃん、とひと際大きく響いた澄んだ音に思わず目を開ける。

一面、の乳白色に覆われたセカイ。
びゅうっ、と吹く風に前髪がさあぁっ、と舞い上がる。

「ここは、」
「どこ、だろうな？」

ひとり、だと思っていたけども。
さして驚きもせずに俺はゆっくり、と振り返る。
間違えようもないくらいに、よく知った声のほうへ。
ちりりん。

黒いマントを纏い、そのすそ先で涼やかに鳴るガラス珠。
白の長いローブの先が風になびく。はたり、はたり。

獣面を着けたもう一人のオレがそこに、いた。

うさぎのような、きつねのような。
そのどちらでもあるような獣面が、嘲う。

くすくすくす。

「お前、」
「遅いよ、美鶴」
くいっ、と獣面を額に押し上げてそいつは、また嘲う。
うっすら、と。

「ずっと、待ってたんだけど。でも、オレ待ちくたびれたんだ」
「どういう、」
「前に。オレはお前から産まれた存在だって言ったの憶えているか？」
何を、言ってるんだろう？

「オレずっと考えていたんだ。オレはお前から産まれた存在、ではあるけど。オレはオレだけど。解ったんだ。
オレは『いらない』存在になるのは、ごめんだ」
何か、言わなければと思うのに。
ひゅうっ、と息を呑むことしか、できない。

「オレとお前はどこが違うんだろうな？」

違わない、お前は俺だもの。だから、解ってしまった。
こいつ、の云いたいことが。

「じゃぁさ、いいんじゃないのか。オレがお前に。お前がオレに。為っても、さ」
「なにを、」
「だって。お前はここでも。現世でも。オレを受け入れもしなかったじゃないか。逃げたんだよな？
じゃぁ、どちらの『芦川美鶴』でもいいんじゃないのか？」
どうせ未来は書き換えられたんだもんな、と。
けど。俺は何も、何も聞こえない。聞こえないフリをした。
ひとり、取り残されるのは嫌だ。

ここから、逃げ出したい。

「一人、夢と現世の狭間に取り残されることがどんなに残酷なことか。お前には、解らないだろう？」
ただ、ひとり。怖いのは、孤独という現実。
アヤも、いなくて。自分が生きているのか死んでいるのかも解らずに。
ただ、解るのは。
自分の心だけが、ぱきぱきと罅割れていくことだけ。

閉じられた世界で

俺自身にすら、受け入れられずにこいつは。
受け入れられない「現実」は、どこにいけばいい？
俺から産まれたモノだから。俺自身だから。
オレの叫びが俺を追い詰めていく。

「何でオレがここにいると、思う？」
「何が言いたい」
なんとか声を「音」にする。

くすくすと薄く嘲う自分自身を酷く、酷く、嫌悪する。
かつての、自分は消えてなんかいない。
巧く、巧く隠れていただけだ。

「ゲーム、をしよう。美鶴」
オレか、お前か。どちらも『芦川美鶴』なのだから。
受け入れられないのならば、いらないと、云うのならば。
残るのはひとり、でいい。

「要御扉は閉じたけどな。夢の中ならさ。繋ぐこと、できるんだよ。だからオレはここにいる。
お前の、夢の中に」

これは、醒めることのない悪夢なんだろう。


「お前のオトモダチたちも呼んでさ。遊ぼうか」
「あいつらは、関係ないだろう」
「それがさ、そうもいかないんだ。イツカ、が『オトモダチ造りたい』ってさ」
「いつか？」

誰、だそいつ。嫌、な予感がぞわりぞわりと絡みつく。俺は、その存在を知っている。
「そう、イツカ。逢えば、わかる」

ああ、時間だ、と呟く声が、遠い。
「じゃぁな、美鶴。ゲームのはじまりだ。お前が目覚める頃には、面白いことになってるかもな？」

期待してな、と吐き捨てて。
獣面をくるくると弄びながら。
うすく、うすく嘲う姿に。

嘲う姿にいつかの、俺自身を視る。

霞んで見えなくなるオレの姿は哭いているのか、嘲っているのか。
どうしても、なにをしても取り戻したかったモノたち。
手を伸ばしても、すり抜けて何も掴めない現実。


何かを、欲したら。
何かを喪わなければ、ならないのだろうか？